36.手段の相違


36.手段の相違

A子は、教団に全てを捧げていた。
教団の知名度を上げるために仕事に打ち込み、それ以外は悩んでいる人に耳を傾け、教団の布教につとめ、結婚もせず全ての時間を捧げていた。

B子は所属していた教団は違ったが、その様子をずっと見ていて、A子を全面的に信頼していた。

B子は思った。
「私もA子さん以上に、この身を捧げたい」
B子は人生の全てを捧げることによって、少しでも何かを変えたかった。

B子は人間爆弾として、その身を捧げたのだった。

補足

相手の考えを非難するのは簡単だ。極端に言えば、自爆テロを避難することもできる。
他の人を犠牲にすることは非難すべき、これは分かりやすいので尚更だ。
では身近では起きていないのか?といえば、捧げている時間の長さだけでいえば、長生きしながら、人生の多くの時間を捧げている熱心な信者の方が貢献しているといるかもしれない。

とはいえ、仮に時間の尺度ではなく「人生を捧げる」という意味においては、それほど変わらないのではないだろうか?

考えが違うというだけで拒絶するのでは、相手を理解することはおぼつかないといえるだろう。
相手に歩み寄る必要が出てくる。
まして、相手に要求を出す、或いは変えたい場合には、相手の立場に立ち理解することも必要だといえるのだろう。

できない場合、状況は悪化するばかりの可能性が高くなる。
「なぜ、その選択に至ったのか?」と掘り下げていくことも、理解の手助けとなるだろう。

スピードが加速する社会の中で、じっくり向き合えればの話だが..

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