26.信仰


26.信仰

はお金持ちになりたかった。

あらゆる事を試した結果、お金持ちになれなかったため、最後の手段として、藁をもすがる思いで神に祈ることにした。

それにも関わらず、一向にお金持ちにならなかった。

そこでAは「欲しければ、まずは与えよということか?」の格言を思い出し、祈りを捧げる時、五円をお賽銭として入れて祈ることにした。

「宝くじが当選しますように」

それでも当たらない。
Aは気づいた。
「いくら神様でも、五円で六億円は割が合わないとうことか?」

そこでAは、祈る度に千円を入れることにした。
といっても、これでは懐の金がなくなってしまう。

Aは「卑しい気持ちがいけないのか?」と考えた。
そこでAは、お金の願いではなく幸せを願うことにした。
それでも幸せと思う出来事は起きる気配がない。

Aは神だけでなく、様々な宗教にも入会した。
それでも同じだった。

Aは「俺の考えが、まだ汚れているからなのか?それとも、願いが抽象的過ぎたか?」と思い、具体的な願いを掲げることにした。
「天気予報では、明日は雨となっています。明日、晴れますように」
すると、雨だった。

Aは嫌けが差してきた。

それでもここまでやってきた想いが強く、Aは「自然をどうかしようと思ったことが、うぬぼれだったか?」と考え、更に具体的に願うことにした。

「具体的といえばお金だが、少なければ問題ないだろう」と思い「明日、一円拾いますように」と全身全霊心を込めて願った。
それでも、拾えなかった。

Aは祈るだけでは駄目だと思い、行動し努力もすることにした。

ところが、努力に応じた結果どころか、それ以下のものしか手に入らなかった。
Aは「ここまで来たら」と開き直り「もしかすると、お願いばかりで俺の考えが汚れているからか?」と思った。

すると、す~っと胸の内が軽くなった気がした。

そしてAは「お願いしないなら必要ない」と宗教を辞めることにした。
Aは幸せな気持ちになり、嫌なことも激減した。

すると思ってもみない嬉しい事が相次いて起きるようになっていた。

Aはこれまでを思い返し「宗教で祈っていたのは一体何だったんだ」と思い、その道の権威あるBに尋ねてみることにした。

するとBは言った。「それは良かった。それを含めてご加護なのです。」

Aは、この妙な説得力に混乱した。
「それなら、存在そのものが意味ないじゃないか」

するとBは「頭で考えるから混乱するのです」と言った。

Aは理解し、理性を手放すことにした。
その後Aは、ある宗教を素直に信じ教えを実行した結果、幸せになれた。

Aが教えを実行したことで、多くの人に教えが広まっていった。

すると幸せになったと思う人が増えた以上に、不幸な人が増えてしまうことになった。

Aはようやく気づいた。
理性のない幸せな人間が増えると、相対的に不幸せな人も増えていたのだ。

理不尽なことがはびこる世の中になっていたのだった。

補足

世の中には理不尽な出来事が多く、不条理な世の中だともいえる。そこには、信仰で説く絶対的なものなど存在しないのかもしれない。

ところが実際には信仰の必要性は、まさに逆の場合に生じる。
つまり、理不尽で不条理で自分の力ではどうにもならない場合、藁にもすがる思いで祈りを捧げて救いを求めるという行為に繋がりやすいといえるだろう。

解釈次第で何でも有りの世界なので、そこでは試練という捉え方もできる。

このように納得のいかない出来事は、大昔から今に至るまで数多くあったため、結局のところ信仰の必要はあるといえるのだろうか?

現代になり誤魔化しを見破られる可能性が高まってきたため、気休め程度だと気が付きはじめているのかもしれない。

解決よりも、かえって揉め事のきっかけになる場合や、現実離れをすることで解決から遠のく場合も少なくないといえるだろう。

信仰で解決できる世界を作りだければ、現実よりも仮想現実世界の方が向いているのかもしれない。
混沌を収めるために良心やモラルや道徳性のために信仰が必要だとすれば、それは考え方と重要性の軸を作ることなるのだろう。もっとも組織としてお金を収めるシステムがなければの話だが..

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