24.感覚と言葉


24.感覚と言葉

男は、子供の頃から英才教育を受けていた。
それは、恐怖を感じず度胸を付けるという英才教育だった。

A男はそのような英才教育の凄まじい環境で育ったため、痛みや苦しみも殆ど感じなくなった。

そのお陰で、能力を最大限に発揮する方法が身につき、肉体を駆使する大会で数々の賞を取ることができた。
どんな時でも動ずることなく自信に満ち溢れた態度で堂々と話すことができたので、メディアでも引っ張りだこだった。

ところがある日のこと、A男はどんなことにも怯まず挑戦していった結果、A男は人に助けを求めなかったため、大きな事故が起きてしまった。

A男は恐怖や痛みと苦しみを感じる機能が麻痺していたことで、気が付かないうちに自分の限界を図る尺度が壊れていたのだった。

補足

言葉は伝達するために生まれた。伝達することで、助けや協力を求めることができる。

例えば「痛い」という言葉は、痛い感覚を現している。

言葉だけを受け取ると、同じ痛いという感覚でも、それは人によって違う。
尋問に耐える訓練を受けた人間にとっては、同じ現象でも、痛いうちに入らないということになるかもしれないし、油断してぶつけた時に痛みを感じた場合、かなりの激痛に感じるといえる。

同様に痛みといえども大手術などのように、命に関わるほど大変な時は麻痺させる必要すら出てくる。

このように「痛い」という言葉一つとってみても、伝達し難いかもしれない。

もしかするとボキャブラリーが豊富な人であれば、様々な感覚を自由自在に表現できるかもしれない。

それでも受け取る感覚は人それぞれ違うといえる。
違うとはいえ、共通したものもある。

「痛い!」と、大声を出すことで「助けが必要かも?」と思われることができる。

もちろん母国語のように、その言葉の意味が伝わればの話だが。
だとしても、振る舞いなどで伝えることができる可能性もある。であるなら、言葉でなくともペットや動物の鳴き声でも伝わる。その鳴き声が更に詳しく伝達できるよう、言葉は発達した可能性もあるといえるだろう。

では暑い時に思わず口に出る「暑いな~」という言葉は、なぜ出るのだろうか?

ただその時に感じている状況を言っているにすぎない。
とはいえこれも、万が一灼熱で焼け死ぬことがないよう助けを求める防衛本能として、つい口に出た言葉なのかもしれない。と、このように細かい伝達をできるよう言葉が発達した可能性があるとはいえ、そのお蔭で、自分が苦しみを感じている時、自分の気持を理解してもらうために、言葉を使うことができる。

すると感じ方は人それぞれなので、複雑化も加わり逆に理解しづらくなる。

そのため「理解しよう」という相手の姿勢は、助けてくれるという救いにつながる。
とはいえ、完全に理解する可能性は0に近いため、理解度を伝えようと、真剣に言葉を投げかけるほど、相手は苦しむかもしれない。

なぜなら、分かって欲しいのは相手だからだ。

そんな時、言葉で「分かるよ」と、一つ一つの言葉にうなずきながら、目を見て優しい微笑みを浮かべられると、相手をすっかり信用してしまう可能性も高めるといえるだろう。

相手が、自分の身体(セックス)を目的としていても、気づかないかもしれない。
もしかすると、気づいたとしても理解してもらったと勘違いすることで安心した気持ちになり、身を委ねる可能性も出てくる。

これらの例が示すように、言葉は複雑な状況を生み出しやすくなり、混乱と混沌も生じやすくなるのかもしれない。と同時に、感覚を言葉で正確に伝えようとすればするほど、確認を確認するといったループによるパラドックスが生じるので、その無制限に生じる反応パターンが芸術として成り立つのかもしれないが..

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