75.自己


75.自己

子は、A子ではなかった。
A子がそれに気がついたのは、最近だった。

A子は一般的な幸せな人生を歩んでいた、と思っていた。
それは全て他人の人生だったのだ。

それは、二年前の事である。

A子は、虐待をはじめ精神的苦痛が重なった状態が長期間続いたことが原因で、精神病院に入院していた。

入院してからも一向に改善される気配がなく、A子はストレスが原因で、時折自制が効かなくなり暴れていた。
そして、それはA子だけではなかった。
時代の情勢で、精神的に弱い者は耐えられない世の中になっていたため、どの精神病院も入院患者で溢れかえっていた。

人手不足は明らかであり、手助けをしていた人がストレスのため入院するケースも珍しくなかった。

そこで対策として、ある薬が開発された。

その薬には、遺伝子に他の典型的な幸せな人生がプログラミングされており、直接脳の記憶を書き換えることができた。
もちろん、その薬を飲む事は本人の自由意志で決めることが出来、いつ服用を辞めるかも本人の意思が尊重されていた。

A子は、薬の効き目が薄れてきたことで、本来の自分自身の記憶を思い出してきたのだった。

A子はまた、選択しなければならない。

繰り返し発狂するような自分自身の精神状態か?
或いは他の人間の記憶とは分からない幸せな人生か?

A子は、もう戻りたくなかった。

薬を処方してもらい、再び正直に何でも打ち明けられるパートナーと暮らすことにした。
A子の人生は、どちらが真の人生だといえるだろうか?

実は、どちらもA子の人生ではなかった。

A子は某国でスパイ活動を行っていた。
そして、ちょっとしたミスが原因で捕まっていたのだ。
そこで新しく開発された自白剤をむりやり服用されていたのだった。

それと知らないA子は、続きを話し始めた。
「あなた。今日もこんな事があったのよ」

補足

実際の経験だとしても、妄想だとしても、記憶が関わっていることに違いはないといえるのだろう。
とはいっても、記憶がその人物を決めるとしたら、自由に書き換えることもできるようになるかもしれない。
他人の記憶が自分の記憶のように感じられた時、その感じた人物は誰なのだろうか?

仮に自分の記憶や考えではなく、自分以外のものが、自分と関わったことで見たり感じたりしたものが自分の記憶を形成していたとしたら、どうなるだろう?
それは、自分以外のものが自分を作っているということになるのだろうか?

であるなら、それらの自分以外の人間全員が、別の自分を作りあげたら、自分自身も変わってしまうのだろうか。
例えば「最近、変わったわね」と言われた時、それは「変わった」ということになるのだろうか?
どちらにしても「自分自身を定義する」ということは簡単にみえて、実のところ結構難しい事なのかもしれない。それ自体を考えなければ別だが..
※当ブログで取り扱う物語はフィクションです。実在の人物、団体、事件などとは一切関係ありません。

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