11.殺す事


11.殺す事

A男は、ホラー映画を見ていた。

特に好きな分野だというわけでもなかった。それでも、たまには刺激があるものを観たいと思ったのだ。
最近ではゾンビ関連が流行っていたので、それを観ることにした。

A男は「最近は、ここまで人間の酷い一面を描けるのか」と、変な感心をしながらも何とか観続けていた。

そんなある日の事、遺伝子の研究が進み、イモータル・テクノロジー(不死)の望みが出てきたとのニュースが目についた。

A男は「楽しみだな」と思っていた。

ところが、あるちょっとした手違いから遺伝子が改変され、ウィルスを媒介として、現実としてゾンビが誕生してしまったのだった。

それは、あっという間に世界中に広まった。

A男も他の多くの人と同じく、ゾンビ映画を観ていいたため、殺すことに躊躇はなかった。
とはいえ、ゾンビ映画と違ったことがあった。それは、ゾンビの中に意識が残っている人がいたことだった。

その半ゾンビともいうべき人は、揃ってこう言った。
「殺してくれ」

それを聞いたA男は、意識が残っている事を知り殺すのを躊躇った。それでも、苦しんでおり本人の意思で殺してくれと頼まれると、嫌とは言えなかった。

それから三ヶ月後...

ワクチンと治療薬が開発され、ゾンビの症状は収まった。
そしてその後、難しい裁判が行われた。

ゾンビ状態の人は、意識があったが身体がコントロール効かない状態だったため、問題とされなかった。

一方で裁判の焦点は、次の点となった。
「意識があったゾンビを殺した人は、殺人になるのか?」
もちろん、正当防衛が適応されることになった。

けれども残された人の中には、治らないと思い込み家族を殺してしまった人もおり、生涯、苦しみを抱えて生きなければならなくなった。

精神的苦痛を与えられたとして、ゾンビ映画の制作会社が訴えられたのだった。

補足

苦しみから救うため、本人の意思を尊重し、死なせることは罪になるのだろうか?という問題を超えた問題があるのかもしれない。

それはハッキリとした形ではなく、いつの間にか入り込んでくる先入観も影響されていく可能性があるといえるだろう...

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